大阪高等裁判所 昭和32年(う)949号 判決
各所論は原判決が判示第一、第四、第五の(一)第六の(一)第七において認定する請託趣旨を否定し、その金員等の授受は被告人寺田の職務には関係のないものである旨主張するに帰する。しかし原判決の挙示する原判示冒頭第一、第四項(但し古市弘に関する部分を除く)の事実、同第一、第四、第五の(一)、第六の(一)及び第七の事実に関する証拠を綜合すれば原判示の如く被告人寺田は昭和十七年大阪市書記に任ぜられ、昭和二十二年八月以降同市財政局調度課第一調達係に勤務し、物品購入並びに工事請負契約に関する事務、就中、木材調達に関する事務を担当し、昭和二十八年七月中旬頃右第一調達係の内土木工事、電気水道工事等の請負関係事務担当に変つた後も、後任者が木材調達に関する事務に未経験且つ不慣であつたところから、上司の指示により随時その相談に預つていたものであること、並びに原判示第一、第四、第五の(一)第六の(一)第七に掲記する請託がなされその請託趣旨の下に金品の授受が行われたものであることを十分肯認することができる。各弁護人は昭和二十五年三月頃、丸五木材株式会社、和洋林産株式会社、富田林業株式会社のそれぞれ首脳である被告人石島、同竈谷、同平井等数名が大阪市内の待合宝楽に会合し協議した結果爾後入札に当つては三社の内いずれか一社の名義で落札し、予め三社間に一定の比率を決めいずれの一社が落札した場合にもこの比率によつて三社が分担して請負木材を共同納入するという協定ができたが、右協定成立につき被告人寺田の斡旋尽力があつたのでこれに対する謝礼の意味で、将来落札の都度三社から一定の割合によるリベートを醵出することと決めたに過ぎないものであるというのであるが、前示証拠殊に被告人寺田武夫の検察官に対する昭和二十九年十月二十二日附供述調書同石島正の検察官に対する同年十月二十九日附供述調書、被告人竈谷健三の検察官に対する同年十月二十五日附供述調書被告人平井繁信の検察官に対する同年十月十二日附供述調書によると当時前記三社間においてそれまで行われていた無制約な競争入札のため、出血受注の状況に悩んでいたのでこれを打開する方策として前記の如き協定が成立するに至つたのであるところ、大阪市に対する木材納入(但し港湾、水道、交通各局関係を除く)の契約をする場合指名入札によるのであり、大阪市から指定を受けている木材業者のうち、競争圏内におる業者は二十数社があつて、この中から各個の仕事につき更に数社指名を受けて、その指名された業者だけで競争入札するのであり、この指名の仕事に被告人寺田が関係していたのであるから前記協定ができたにしても、寺田の指名から万一にも右三社が除外されるようなことがあれば、協定の趣旨が実現不能となるので、この三社協定成立を被告人寺田に了解して貰い今後の入札にはどんな仕事の場合でもその前提として右三社を指名せられたい旨依頼する必要があつたところから被告人寺田を宝楽に招き右趣旨の請託をなしてその承諾を得ると共にその指名に関し寺田に対する謝礼として将来入札の都度三社から一定の割合によるリベート(杭丸太の場合は二・五パーセント製品の場合は一・五パーセント)を醵出することに決めたこと、そして爾来右請託趣旨に基いて協定通りの金員が醵出されていたことが認められるのであつて、単に所論のような協定成立を斡旋した寺田の尽力に対する謝礼の趣旨であつたとは各論旨に掲げるところを検討し記録を精査してみても到底首肯し得ない。被告人寺田、同石島、同竈谷、同平井等の右検察官に対する供述調書等が措信し得ないものとはなし難く、原判決に採証の法則を誤つた違法は見当らないのである。
次に各所論は被告人寺田が昭和二十八年七月中旬以降第一調達係の内で土木工事、電気水道工事等の請負関係事務担当に変つた後は木材納入に関する職務関係は全くないようにいうのであるが前示証拠殊に被告人寺田武夫の原審公廷における供述、証人田中弘の原審公廷における供述、二宮章蔵の検察官に対する供述調書に徴すれば叙上の如く被告人寺田は昭和二十八年七月中旬以後においても同一調達係内に勤務していたのであり、上司の命に従つて二宮章蔵を補佐し、木材納入に関する事務にも携わる職責があつたものと認めるのを相当とし、この点の各所論に鑑み記録を調査するも原判決の認定に誤はない。従つて原判決には何等所論違法は存在しないから論旨はいずれも理由がない。
甲弁護人の論旨第一点、乙弁護人の論旨第二点、丙弁護人の論旨第二点、丁弁護人の論旨第一点について、
各所論は被告人石島、同竈谷、同平井等と被告人寺田との間における原判決末尾添附第一表番号1の現金五十万円、約束手形四通額面合計二百五十万円以上総計三百万円の授受につき原判決に事実誤認、法令の適用の誤、乃至公訴時効が成立している事実に有罪を言渡した違法がある旨主張する。よつて原判示第一、第四に関する証拠を検討するに原判決が認定するように次の事実が認められる。即ち既に説示した三社協定に基き被告人寺田に対する謝礼金を三社から醵出することが決められ、この謝礼金は落札の都度直ちに被告人寺田に手渡さず、三社協定の幹事役である被告人竈谷がこれを保管し将来被告人寺田が現職を離れる等適当な時期に現実に交付することとして、その現実交付の時期については、これを被告人竈谷に一任していたのであり、そしてその頃被告人寺田にもこの旨を伝えてその了承を得たので、爾来落札の都度各社から一定の割合によるリベートを醵出してこれを被告人竈谷に託し、同被告人において、これを初め現金で、後、同被告人名義の銀行預金にして保管し、積立てていたところ、その金額も漸次巨額に上るに至つたのであるが、昭和二十六年七月頃被告人竈谷は和洋林産株式会社の運営資金に窮したため右積立預金をその後の積立金と共に同会社の事業資金に流用した。然るにその後同会社の経営不振の噂が被告人寺田の耳に入るに及び、同被告人においては自己のために積立てられた謝礼金をこの際入手しておこうと考え、被告人竈谷に対し右謝礼金の交付方を請求した結果原判示第一のうち別表第一表の番号1、同第四記載の如く昭和二十七年三月中旬頃被告人竈谷と同寺田との間に三社の積立謝礼金の一部として現金五十万円と約束手形四通金額二百五十万円の授受がなされるに至つた事実が認められる。ところで贈賄、収賄の各罪において、賄賂を供与し、これを収受したとなすには、原判決の説示するとおり、その目的物に対する現実の支配の移転がなければならないものと解すべきであつて、今本件についてこれをみるに前示三社から醵出する謝礼金は落札の都度直ちに被告人に手渡されず、これを積立てておき、或時期に至つて初めて同人に現実に交付されるものであることは当該関係人のすべてにおいてこれを了承していたこと、而して外形の実際面からみても被告人竈谷が右醵出金の保管占有をしており、落札の都度には醵出された金員が被告人寺田に交付されていないことが明白であるから、これ等の事情に鑑みればいずれは被告人寺田に現実交付されるにしても、三社から一定の割合による謝礼金を醵出し、被告人竈谷にその保管を託しただけでは未だその醵出金に対する現実の支配が被告人寺田に移転したものでないとみるのが妥当な見解である。たとえ被告人竈谷が醵出金を保管する間において、随時被告人寺田に現在高を報告してその了解を求めた事実があつたにせよ、それは被告人寺田が将来右金銭を取得する立場にある関係上なされたところに過ぎず、それがため右金銭について現実支配を取得したということはできない。更に又被告人竈谷が右醵出金を流用するに当り被告人寺田に承認を求め同人においてその流用を了解したとしても、これ亦原判決の説明するように、将来の取得者として予定せられ、利害関係の最も深い同被告人にその承認を求めたというに過ぎないものとみるべきであつて、被告人寺田に対し現実支配が移転しない間における一事態に外ならず、かような事実あるが故に、醵出の都度その金銭が被告人寺田の現実支配下に在つたといい得ないは勿諭これによつて醵出金に対する現実支配が被告人寺田に移転したものとみることはできないのである。前示証拠に照し考察するに、被告人竈谷が醵出金を流用したのは将来被告人寺田に贈賄さるべきものを、その保管のままの状態において流用がなされたのであり、被告人寺田から自己の現実支配する金銭を被告人竈谷に貸付けたとか、或は又贈賄者以外の第三者に賄賂を供与せしめたとかいうが如き関係でなく、而して又被告人寺田が被告人竈谷に請求したのは積立醵出金を自己に現実交付する旨請求したのであつて、貸付金返済の請求の趣旨ではなかつたこと、そして被告人竈谷が前示現金、約束手形を交付したのは前示謝礼醵出金を現実に被告人寺田に手渡す意思の下になされたことが窺われるのである。これを所論の如く被告人寺田からの貸付、被告人竈谷からのその返済の事実関係であるとは証拠上到底認め得ないのである。以上説示するところから考えれば結局被告人寺田が被告人竈谷に約束に基く謝礼金の交付を請求した結果原判示のように昭和二十七年三月中旬頃被告人竈谷からその一部として現金五十万円、約束手形四通金額合計二百五十万円の交付を受けたとき初めてそれについての現実支配の移転があつて、これに関する贈収賄罪が各成立するに至つたものと判定すべきである。尤も右金員等は醵出積立てられた金銭自体ではないけれどもいずれもこれに代るべきものであり、その供与、収受の趣旨、賄賂としての性格につき何等変動はないものとみられる。さすればこれにつき公訴の提起のあつた昭和二十九年十一月四日までに公訴時効が完成するに至らなかつたことは多言を要しない。民事上の代理占有、占有改定等の理論により被告人竈谷が醵出された金銭を保管又は流用する時を以て被告人寺田にその金銭が供与され、同人がこれを収受したとなすべきであるとする旨を主張する論旨は刑事法上の本件の事実解明をなすについては当を失する論議であり、採用のかぎりでない。
(甲弁護人の論旨)第五点について、
所論は原判決に理由のくいちがいがある旨主張する。しかし請託収賄同贈賄の各罪の規定にいわゆる請託とは原判決の説示するとおり、職務行為の事前になければならないこと勿論であるが、必ずしも利益授受の際に請託がなければならないものでなく、公務員の職務行為が将来多数回に亘つて継続することが予想される場合に、その将来の職務行為を目標として予め請託が行われ、これを承諾したときには、その将来の個々の職務行為について一々明示の依頼がなくても右予め目標とした職務行為がなされ、これについて利益の授受があつた以上請託贈賄、同収賄の各罪が成立するものと解すべきである。被告人寺田の所論現金及び約束手形の収受については既に説示した如く被告人寺田は三社協定の了解を求められ、これを実行するため今後入札の際三社を指名せられたい旨の請託を受けて同被告人においてこれを承諾し、その後これに応じてその目標とした入札指名等の職務行為が次々と行われ、これに対し同被告人において右現金及び約束手形を受取つたものであるから、それ等が右のような請託に応じてなした職務行為に対する謝礼たる性格をもつものであることは叙上説明に照し了解できるところであり、被告人寺田の右収受を請託収賄罪に問擬すべきは多言を要しない。これを所論の如く単に同被告人の職務行為に対する感謝の表示として事後に提供されたものを収受した請託のない単純な事後収賄行為とみることはできない。而して論旨の指摘するジエーン台風の損害により発注量が著しく増加した趣旨の原判決の摘示は積立謝礼金の額が漸次巨額に上るに至つた事情を説明したまでのことであつて、この摘示あるの故を以て原判決が所論の事後収賄を認めるものと解することはできない。その他論旨にいうところを検討し、原判示並びに原判決引用の証拠を彼此照し合わせ考えてみても所論の如く原判決の理由にくいちがいがあるものと認め得ないから論旨は理由がない。
(裁判長判事 吉田正雄 判事 大西和夫 判事 山崎寅之助)